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週刊スモールトーク (第59話) コンピュータの進歩(3)~プレステ3で天地創造~

カテゴリ : 科学

2006.08.12

コンピュータの進歩(3)~プレステ3で天地創造~

■プレイステーション3

本日、2006年8月12日はパソコンにとって記念すべき日である。パソコンのデファクトスタンダード「IBMPC」が誕生して、ちょうど25年経ったのだ。たかが4半世紀と言うなかれ、コンピュータの世界は他の業界の7倍の速さで進歩する。初代IBMPCのメモリ容量は16KBだったが、今はその3万2000倍。25年間で3万2000倍の進歩!?他の業界ではありえない。

マイクロソフトは黄昏れて、パソコンが「情報加工処理業」のITに併合される。そんな暗い現実に、一筋の光がさしてきた。ソニーのプレイステーション3である。ソニーのプレステ3はゲーム機なのに、「ハードディスク+Linux」を装備している。読み書き可能な記憶装置と汎用OSがあれば、パソコン同様、プログラムが自由につくれる。

現在、パソコンの世界では、フリーのプログラマーたちが様々なソフトを制作し、公開している。「Vector」や「窓の杜」を見ればその隆盛を確認できる。プレステ3の世界でも、同じことが起こるかもしれない。フリーのプログラマーがプレステ3用にソフトを書いて、インターネット上で公開する。そして、そのためのインフラもすでに完備している。

ところが、どんな可能性、どんな夢にも水をさす人たちがいる。ダークスーツとネクタイで身を固めた「スーツ」と呼ばれる連中だ。彼らは、プレステ3版Linuxに対しても冷ややかだ。曰く・・・プレステ3本体は、売れば売るほど赤字。それを補うため、ソフトメーカーからロイヤルティを徴収するしかない。つまり、ソフトメーカーは、自社ソフトのパッケージ制作をソニー・コンピュータ・エンターテインメント(SCE)に委託し、制作費の名目でロイヤルティを払う。これが、ソニー・コンピュータ・エンターテインメントの収益源となる。

ところが、プレステ3のLinux向けのソフトが自由に流通すると、ソニー・コンピュータ・エンターテインメントにはラインセンス収入が入らない。そんなバカなことを、ソニーがやるはずがない。まったく正論だ。「スーツ」の言うことは正しい。しかも、たいてい、それが現実となる。確かに、SCEのトップが、プレステ3版Linux構想をぶちあげたとき、気が触れたのでは?と疑った。いずれにせよ、この矛盾を解決する方法は一つしかない。ハード本体で儲けること。

というわけで、プレステ3本体価格は10万~15万円・・・

誰が買うかって!

カネの話はこのくらいにして、夢の話にもどろう。プレステ3は強力な3D機能を備えている。まぁ、ゲーム機だから当然なのだが、プレステ3の凄さは別の所にある。プレステ3に搭載されるCPU「Cell」である。Cellは、従来のCPUにはない特徴を備えている。うまく利用すれば、パソコンと並ぶ新しいプラットフォームを築けるかもしれない。

Cellは、1つのチップ上に複数のプロセッサを内蔵するマルチコアCPUである。インテルの最新CPUもマルチコアだが、両者には大きな違いがある。インテルのマルチコアは、1チップに同じコアを複数埋め込んだものだが、Cellは機能の異なるプロセッサを埋め込んでいる。プログラマーにとってこの違いは大きい。Cellの構造を具体的に見ていこう。Cellは「PPE」と呼ばれるメインプロセッサー1個と、「SPE」と呼ばれる8個のサブプロセッサからなる。

「PPE」は、パソコンのCPU同様、OSやアプリケーションを実行する。一方、「SPE」は数値演算プロセッサで、4つの要素からなるデータを4個同時に演算できる。じつは、3Dプログラミングは「4×4」の行列演算のかたまりだ。だから、「SPE」があれば、処理速度は劇的に向上する。つまり、ゲームなどの3Dソフトでは大きな力を発揮する。そして、この数値演算において、CellはインテルCPUを圧倒する。だが、演算速度が上がるだけで、コンピュータの根本は変わるだろうか?答えは、イエスだ。

■3Dゲーム

ここで、3Dゲームの仕組みを見てみよう。ゲームに登場する人物も物体も、ポリゴンと呼ばれる三角形の小片で構成されている。言ってしまえば、3次元ジグゾーパズル。これが人物や物体の骨組みになるが、それだけではいかにも味気ない。そこで、見映えを良くするために、ポリゴン(三角形の小片)の上に写真や絵を張り付ける。これがテクスチャだ。それにライトを当てたと仮定して、光の陰影を計算すれば、絵は完成する。現在のゲームソフトは、ほとんどがこの手法である。

それなりに見映えはするが、やはりリアルさに欠ける。それもそのはず、現実の物体には写真など貼られていない。つまり、テクスチャを使うのは邪道なのだ。ここで、「見える」ということを考えてみよう。眼球で物体の反射光を集光して、脳で形と色で識別する。それだけ。それなら、光源と物体表面の材質を定義して、物体から反射する光をきちんと計算すればいいのでは?

そのとおり。つまらない小細工などせず、物理の法則に従ってきちんと計算すればいいのだ。この2つの方法の違いを、実際のゲームであてはめてみてみよう。例えば、ピストルで壁を撃ち抜くシーン。まず、テクスチャを使う方法。この方法では、ピストルで撃たれる前の壁のテクスチャと、撃たれた後のテクスチャを2つ用意し、撃たれた前後でテクスチャを入れ替える。テクスチャが違うだけで、壁の形状は同じ。つまり、撃たれた後に、壁に穴が空くわけではない。

次に、テクスチャを使わず、きちんと計算する方法。発射された弾丸の質量、スピード、角度によって、壁の破壊を物理計算し、壁の形状そのものを変える。つまり、”現実に”壁に穴が空く。その穴に、光の反射を計算し、描画する。つまり、ピストルの種類、撃つ角度によって、壁の見え方が無数存在することになる。

こちらが正攻法で、よりリアルに見えることは明白だ。だが、一つ問題がある。計算量だ。まず、弾丸で穴の空いた形状を決定するには、膨大な計算が必要になる。加えて、テクスチャを使わなければ、壁表面の光の反射をすべて計算しなければならない。現在のパソコンでは、3D処理専用の3Dチップを搭載しているが、計算能力がゼンゼン足りない。

さて、そこで、Cellの登場だ。Cellの潜在的な数値計算能力は圧倒的だ。インテルCPUより10倍は高速、という説もあるが、その構造を見れば、ホラどころか、限りなく真実に近い。

■シミュレーション

「コンピュータ・シミュレーション」というジャンルがある。一時、「シミュレーションゲーム」が流行ったため、本物らしく見せるためのインチキ技術と思っている人も多い。だが、それは誤解。正しくは、「現実をコンピュータ上で再現する」ことである。違いは、「現実」は原子で、「シミュレーション」はビットで構成されること。どちらも、物理法則に忠実に処理される。つまり、本物。たとえば、現在稼働中の「地球シミュレータ」。日本が世界に誇るスーパーコンピュータだ。

地球の気圏、水圏、地圏に起こる変動を、正確にシミュレーションする能力をもつ。入力された地球データを元に、計算により未来を予測し、自然災害を未然に防ぐこともできる。その予知はカンではなく、自然界法則によっている。もちろん、データ量や演算能力から、予測には限界があるが、これをインチキという人はいないだろう。地球シミュレータはシミュレーションの本質を浮き彫りにしている。

つまり、「シミュレーションは予言」しかも、怪しい八卦(はっけ)のたぐいではない。宇宙の法則に従い、厳密に計算された予言なのだ。だから、「コンピュータは予知能力をもつ」ただ、現実世界を忠実に再現するには、膨大な計算が必要になる。たかが、弾丸の衝突シミュレーションでさえ、現在のパソコンでは満足に計算できないのだ。つまり、シミュレーションにとって、数値計算(特に浮動小数点計算)がすべて。ここで、浮動小数点とは小数を扱うための1つのフォーマットだが、少数の計算と割り切っていい。

■プレステ3と予言シミュレーション

話が明確になってきた。

浮動小数点計算に圧倒的なパワーを誇るCellが、シミュレーションに革命を起こすかもしれない。というか、個人的には、Cellはシミュレーション専用CPUに見える。一方、それに懐疑的な人たちもいる。業務用シミュレーションでは、浮動少数点計算の精度は64ビットだが、Cellが直接扱えるのは32ビットだからだ。

だが、シミュレーションすべてが業務用というわけではない。もっと楽しいシミュレーションもあっていいと思う。シミュレーションは詩や文学のように人間を感動させる力をもっている。コンピュータの中に「もう一つの現実」を造るわけだから。地球シミュレータは「地球環境」を再現するだけだが、政治、経済、軍事、生活まで再現すれば、自己完結した完全な世界が作れる。この世界では、現実世界同様、生命が生まれ、進化し、文明が興り、滅んでいく。それは、現実と等価。つまり、現実に存在するもう一つの世界「AnotherWorld」なのだ。我々は現実を見るように、この「AnotherWorld」をのぞき見ることができる。他人の家をのぞくのは犯罪だが、このようなのぞき見は、なんとも知的でエキサイティングではないか。

「AnotherWorld」にはもう一つドキドキ機能がある。早送りすれば未来が見える・・・ちょっと待て・・・ひょっとすると、宇宙誕生の謎まで迫れるかも。というわけで、プレステ3のテーマは「予言」になるかもしれない。圧倒的な計算力を誇るプレステ3でしか動作しないソフト、そんなソフトで溢れれば、他のプラットフォームとは一線を画す世界が生まれるかもしれない。なんか、ドキドキしてきた。情報加工処理業のITなど、パソコンに任せておけばいいのだ。未来のコンピューティングはプレステ3が創る!

■2つの未来

「汎用大型コンピュータ→パソコン」に続くコンピュータの未来は2つある。一つはITに統合される未来。この世界では巨大な情報加工処理工場で、情報収集と整理に勤しむグーグルが覇者となる。グーグルの狙いは、情報の完全支配にある。著作権の問題、世界の民族主義者たちの抵抗に悩まされるだろうが、グーグルにはそれを乗り切る力がある。リーダーはまだ若く、組織は柔軟だからだ。いずれにせよ、この世界では、コンピュータテクノロジーのすべてがITの部品と化す

情報収集、コンテンツ観賞、ショッピング、コミュニケーションはもちろん、ワープロ、表計算、データベースもウェブベース、つまりタダになる。インターネットはすべてを呑み込み、世界の中心に居座る。覇者となったグーグルは、こう考えるだろう。「グーグルさえあれば、世界のすべてはお見とおし」だが、地球はそんなカンタンなものではない。

20年前から、車に凝っている。足回りや椅子など、目立たない部分で手を抜く国産車には好感がもてない。モノコックボディと称するシャーシのない構造も気に入らない。まるで背骨のない生き物だ。ということで、愛車はプジョー。価格はドイツ車より安く、国産車に近い。椅子はほどよく固く、長時間運転してもまったく疲れない。猫足プジョーと呼ばれる足回りの感触は絶品だ。2000ccの4気筒エンジンは完成の域にあり、加速感が素晴らしい。

ところが、こんな情報はインターネットでは確認できない。それでも、外見ならインターネットの出番はあるだろうと思うかもしれない。だが、プジョーなら、答えはノーだ。プジョーのボディーカラーは、他社が確信犯的に真似るほど際立っている。中でも、ルシファーレッドは逸品だ。この魔性のカラーは、小雨が降る夜、薄暗い街灯で見る色彩がベストだが、写真で切り取るのは難しい。

インターネットがすべて、なんてことはありえないのだ。コンピュータの未来に話をもどそう。もう1つの未来では、「人間の知性を増幅するコンピュータ」が実現する。前述したシミュレーション、天地創造、予知、予言などがキーワードになる。エキサイティングで、夢あふれる世界だ。この世界のコンピュータの中心は、「世界を奥の奥で総括しているものに触れること」文学、哲学と言ったほうがいいかもしれない。

一方、ITは情報の整理と流通、つまり道具として生き残る。役には立つが主流にはなれない。もっとうまい表現があるのだろうが、これ以上思いつかない。この思いを表現するには詩人が必要かもしれない。

■夢の楽園・第2幕

コンピュータには2つの未来がある。どちらが現実になるかは、プレステ3のようなキワモノが、世界に受け入れられるかどうかで決まる。「知性を増幅する」に興味があるか?我々人間の資質が試されているのだ。もし、プレステ3が、「天地創造のための工作機械」として認知されたら、パソコン、携帯端末と並ぶメジャープラットフォームになるだろう。夢の楽園・第2幕の開演だ。

《完》

by R.B

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