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 週刊スモールトーク (第9話) 第二次世界大戦の原因 〜歴史の方程式〜

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第二次世界大戦の原因 〜歴史の方程式〜

■必然と偶然
 今日は8月14日、終戦記念日。日本と連合国が戦った第二次世界大戦は、60年前のこの日に終わった。例年のごとく、テレビの特番がくまれ、あの戦争の悲惨な映像も放映された。ところが、地球規模の世界戦争であったにもかかわらず、風化はすすみ、かつて日本とアメリカが戦ったことを知らない高校生もいる。

 歴史には2つのタイプがあるように思える。原因と結果がはっきりしている、つまり必然。もう一つは、確率五分五分で、たまたまどちらかに転がった、つまり偶然。後者は歴史としては面白いが、前者を考えると、気が重くなる。逃れようのない「歴史の方程式」を感じるからだ。

 「歴史の方程式」は複数の数式と、多数の変数からなるが、たいてい、変数の方が多いので、そのままでは解けない。つまり、予測不能。それでも、起こってしまえば、全ての変数がわかるので、原因と結果も明らかになる。その時、歴史の因果律が読み取れるわけだ。では、第二次世界大戦は必然か偶然か

 SFネタにあるように、タイムマシンに乗り込み、1889年4月20日のオーストリアの町ブラウナウに行き、ゆりかごの中のヒトラーを殺害してみたところで、第二次世界大戦は避けられなかっただろう。時間、場所、人物は違っても、似たような歴史がつづられたに違いない。ヒトラー1人に世界大戦の原因をなすりつけるには無理がある。それほど、第二次世界大戦は「必然」だったのである。

■第一次世界大戦
 この「必然」の始まりは、第一次世界大戦までさかのぼる。第一次世界大戦は、地球上で起こった初めての世界大戦だった。イギリス、フランス、ロシアを中心とする連合国と、ドイツ、オーストリア ハンガリー帝国、オスマン帝国を中心とする同盟国が戦った。1914年、兵士たちは、次のクリスマスまでには戦争は終わるだろうと、意気込んで戦場へと向かった。ところが、4回目のクリスマスが来ても、戦争が終わる気配はなかった。結局、4年の歳月と、1000万人の死者を出して、やっと兵士たちは解放されたのである。

 第一次世界大戦は大きな爪あとを残した。とくに、戦場になったヨーロッパは荒廃がひどく、敗戦国は途方に暮れ、戦勝国は復讐を誓った。第一次世界大戦の戦後処理のため、パリ講和会議が開かれたが、敗戦国のドイツはカヤの外だった。会議が終わり、ベルサイユ条約が締結されたが、その内容は悪意と憎悪に満ちたものだった。終始主導権を握ったのはフランスで、その根っこにあるのは、ドイツへの復讐だった。

 ドイツはすべての植民地を没収され、極端な軍縮を強いられた。さらに、払える見込みのない莫大な賠償金まで課せられた。賠償金を払うのはドイツ政府だから、市民生活に大した影響はないだろうという楽観は、すぐに吹き飛んだ。それどころか、歴史上類を見ない地獄のハイパーインフレが待ちうけていたのである。その結果、生まれた歴史方程式により、世界中が第二次世界大戦の殺戮世界に引きづり込まれていく。

■ハイパーインフレ
 1921年、第1のラッパが鳴り響いた。ドイツの賠償金額が増額されたのである。賠償金は200億マルクから1320億マルクへ、ざっと6倍である。理由がなんであれ、経緯がどうであれ、ドイツにとってはどうでもいいことだった。問題はどうやって払うか。たちまち賠償金の支払いが滞った。こうして、第二次世界大戦の原因となる第1の歯車が回転を始める。

 1923年、第2のラッパが鳴り響いた。フランス、ベルギーは賠償金が支払われないことを理由に、ドイツのルール地方を占領したのである。いわゆる差し押え。ルール工業地帯はドイツ工業の心臓部で、物資の生産がたちまち滞った。モノが不足し、物価が上がり、結果、インフレがはじまった。しかし、このときのインフレは常識をこえていた。

  第一次世界大戦前に比べ、物価が1兆3000億倍に跳ね上がったのである。このそら恐ろしい数字は、ただちに市民生活を直撃した。5000マルクのコーヒーを注文したら、飲み終わるまでに8000マルクになっていた!だがこんなの、大したことはない。

 給与をもらったら、何はさておき、買い物に行かなければならない。数時間もすれば物価が2倍になるからだ。月給なんてとんでもない。1ヶ月も待たされれば、給料はタダの紙切れになる。年金ぐらしの老人はさらに悲惨だった。老後に備え貯め込んだ貯金も、受け取る年金も、価値がゼロになったからである。そのため、多くの老人が世をはかなんで自殺した。
 
  町は失業者であふれ、失業率は25%から30%、失業者実数は550万人にたっした。町では、猟奇的な殺人事件が横行し、人肉の缶詰が出回っているという噂まであった。市民生活は完全に破壊され、人としての尊厳を保つことさえ難しかった。こういう状況でヒトラーは登場したのである。ドイツにとって諸悪の根源であるベルサイユ条約を破棄すること、失業者をなくすこと。これだけ約束すれば、演説者はヒトラーである必要はなかった。こうして、第二次世界大戦の原因となる第2の歯車も回り始めた。

■生かさず殺さず
 1924年、アメリカの銀行家ドーズによって、ドイツの賠償金を軽減する案が提出された。強引に賠償金をむしりとるより、生かさず殺さず、取り立てたほうがいいというわけだ。ドイツは鉄道や工場を担保に、アメリカを中心に借金をした。そのお金で、ドイツの国力を回復させ、生産させ、その売り上げをピンハネしようというのである。

 さすがに、民族主義者たちから反対の声が上がったが、ドイツは最終的にこの案をのむ。というか、のむしかなかった。それを確認したフランス、ベルギー軍はルール地方から撤退する。こうして、第二次世界大戦の原因となる第1の歯車は停止したかに見えた。

 ところが、このドーズ案は理にかなったものだったが、結局ムダに終わる。というのも、その4年前の1920年、すでにヒトラーがナチ党を結成していたのである。その頃すでに、ヒトラーは次のような演説を繰り返している。
1.民族主義
2.社会主義
3.反ユダヤ主義

 さらに、ヒトラーはドイツ国民の民族主義をあおりたて、魂を揺さぶるような演説を繰り返している。
1.屈辱的なベルサイユ体制の破棄
2.ドイツ民族の食糧確保のために領土を拡大する
3.ドイツ人の血統をもつ者にかぎり、民族同胞たることができるのだ

 こうして、第二次世界大戦の原因となる最後の歯車が回転を始めた。すべては遅すぎたのである。第一次世界大戦よりさらに悲惨な戦争がはじまろうとしていた。結局、ドーズ案で得をしたのは起案者のドーズだけだった。彼はこの案によりノーベル平和賞を受賞したのである。

■ドイツの運命
 ドイツの歴史は、コンクリートで固められたレールの上を走るようなものだった。他に進むべき道などなかったのだ。しかも、燃料切れ寸前の低速走行で、脱線することもできなかった。歴史の方程式は、入念に仕組まれた歴史年表を、まるで列車ダイヤのように正確にこなしていった。

 1940年6月5日、第3のラッパが鳴り響いた。22年前、フランスが煮えたぎる復讐心でベルサイユ条約をつきつけたのと同じように、ドイツ機甲部隊は復讐心をたぎらせながら、パリに進軍を開始した。第二次世界大戦の原因となるすべての歯車が、大回転を始めたのである。もはや止める手だてはなかった。第二次世界大戦はこれほどの必然だったのである。

by R.B

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